2015年04月11日

今後の企画を紹介します

@4月16日


「若者の雇用と貧困」


現代の若者の雇用問題、貧困問題の実態を、数多くの労働問題を解決に導いてきた「首都圏青年ユニオン」の代表である神部紅さんが語ります。18:15に大隈銅像前集合です。




A4月22日


「IS人質事件はなぜ起きたか?〜「対テロ戦争」さらなるテロを生み出す〜」


2002年からイラク、パレスチナなどの紛争地を取材し、中東の現状に詳しいフリージャーナリスト、志葉玲さんをお呼びし、IS事件以後の日本の国際貢献について考えます。18:15に大隈銅像前集合です。




B5月1日

「国会議員に会いに行こう!」


議員会館まで国会議員に会いに行きます!会える国会議員は、ブラック企業問題に取り組んでいる吉良よし子さん(日本共産党)です。いまの国会でなにが取り組まれているのか伺います!18:30に大隈講堂前集合で、議員会館まで移動します。

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2014年01月03日

PeaceNight9参加録(下)

(上)の続きです。

名言のこり3つ!

トークセッションの二氏の発言から。

高遠菜穂子さん。
「イラクの人々が平和的にデモをしていたら、アメリカ軍に狙撃されてしまいました。『これがアメリカの言うデモクラシーなのか!』と訴える人々。
武力介入では、民主主義は根付かないのではないでしょうか」


長い話を超圧縮しましたが、アメリカは、「平和と民主主義を世界に広める」ことを標榜しながら、アメリカ軍の作戦に都合がわるいと判断したら、平気で民主主義的な運動を弾圧してしまうらしいです。撃たれた人々が担ぎ込まれる病院内で、”Is this the Democracy? Is this THE DEMOCRACY AMERICANS SAY?”とカメラに向かってイラクの方が訴えかけます。
アメリカが持ちこんだのは、民主主義ではなく暴力だったのではないか。支援した日本の自衛隊の活動は何だったのか。それを痛切に感じさせる言葉でした。

そして高遠さんの名言もう1つ.
「ときどき勘違いしている人がいるのですが、銃はお守りではないです。戦場において武装しているということは、撃たれる、標的にされるということです。ピストルを持っている限り、撃たれる前に撃たなければならない、それを強制される。逆説的にも、丸腰であることで、私たちは守られているのだと思います。」

高遠さんが捕まったときのこと。相手は[日本=アメリカの同盟国=敵]という認識ですから、彼女らは、ジャーナリストに扮した情報スパイではないかと疑われて、殺される寸前までいったわけです。そのとき高遠さんたちがとにかく強調したのは、「私たちは真実を伝えるためにここに来たのであり、あなたがたを傷つける気はまったくない。武器も持っていない」ということでした。いくら調べても武器が出て来なかったから、殺されずに済んだ。
武器は、対峙する相手を敵とみなす意思表示です。
その意味で憲法9条は、国際的にとても重要な意味をもっていると、高遠さんはおっしゃっていました。日本は平和の国というイメージの源泉になっているのです。


最後、渡辺治さんの発言から。
「日本の青年は、生まれた時から平和であるために、それを空気と同じように思っているでしょう。一方で、徴兵制のあるドイツや韓国の学生は、兵役を前にして結婚や研究をどうするか悩む。日本の学生とは悩み方が違うんです。
だから平和は空気ではない。平和を守るべきと感じたなら、立ち上がって、我々が担ってきた平和の運動、それに加わってほしいんです」


はい でましたー。「平和は空気ではない!」
………ご唱和下さい。「平和は空気ではない!」……………ありがとうございます。

平和は、度重なる戦争の反省や、反戦運動、九条を守る動きのなかで醸成されてきたものなのです。
第一次安倍政権のときに、改憲しようという動きがありましたね。小泉ブーム冷めやらぬなかの世論は、2/3が改憲に賛成でした。そんなとき、「それではいけない!」と、わずか9人の呼びかけ人によって設立されたのが九条の会です。(意外と最近!2004年!) これによって護憲の世論が盛り上がり、改憲世論は反対多数に変わっていったのでした。
黙っていたら、雰囲気に流されていたら、世論は思わぬ方向に流されていきます。
自分にとってなにが大切なのか、我々はそれを守るためになにをすべきなのか、もう一度がんがえてみる必要があるのではないでしょうか。

執筆:Y
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2014年01月02日

PeaceNight9参加録 (上)

あけましておめでとう。そして、久しぶりの更新です。中の人達は今期忙しすぎて、ブログ更新を忘れておりました。(笑)
それくらい充実した期間だった、とでも言っておきましょう。

さて取りあえず今日記事にいたしますのは、去る12月10日に行われました、学生九条の会が主催するPeaseNight9という集まりの参加記録でございます。
九条の会は、その名の通り、反戦平和のために憲法九条を守ろうという人々の連合体です。
そのなかの関東圏の学生の九条の会がプロジェクトを企画したわけですね。

メインは高遠菜穂子さんと渡辺治さん、学生によるトークセッションでした。
高遠さんは、イラク人質事件で捕まったあの人でございます。今は平和活動をしています。
渡辺さんは一橋大学名誉教授、政治学などを専攻しています。

けだし、この集会は名言の宝庫でございました。
ということで名言至言を厳選5つ! お届けしたいと思います。
(「名言」は私のメモによるものであり多少脚色があるやもしれませんあしからず)


いちばん印象に残ったのは、「ピースメッセージ」で発言した大学生スダさんの言葉。
戦争で祖父母が死んでいたら、私は今日、ここに立つことは出来なかっただろうと思います。」

……たまたま祖父祖母が生き残ったから、今ブログ書いてる私も、よんでるあなたも、ここにいられるわけであって、本土にも空襲ありましたからねえ、ばあちゃんがあそこで死んでたら、私はいまココにはいないわけです。(実際に ご親族を亡くされた方は、その哀しみはかりかねるほどと存じます。m(_ _)m)

この言葉を聞いたときに、当たり前に思っている自分の存在が揺らぐ、ふわっとした感覚が、私を襲いました。高層ビルの屋上からはるか下を見た時とか、電車のホームで「いま落ちたらオレ死ぬなぁ」と想像したときに走るゾワッとした感じ。アレがきました。
祖先がたまたま死ななかった。そういう偶然の積み重ねの上に、自分はいるんだなぁという感じがしたのです。そういうグラグラした自分の土台を、あの戦争はひゅっ、と取り去って行っていたかもしれないのです。「祖父母の死」というカタチでね。
もう五十年以上前の戦争ですが、それが出来事として自分の生に直列的なつながりをもって意味を持ちはじめた瞬間でした。



つぎ。
やくみつるさんからのビデオメッセージもありました。
「今は戦後のひとつの境目の時期。戦争体験を肉声で聞けるギリギリ最後の世代です。特攻隊など、極限状態を体験した人たちの話は、とても貴重だと思います。
いま防衛強化とか言っている強硬派は、ナマの戦争を知らずに議論しているのではないでしょうか。実際に戦地におもむいた軍人の中に、戦争を肯定する人はいません」


ヒバクシャの声を聞ける最後の世代、とはよく聞きますが、たしかに、特攻しそこなった人とか、アメリカ軍せまる沖縄の防空壕でわなわな震えていた人たちの極限体験とか、それらの戦争体験全体が、もうナマでは聞けなくなる。いまがもう最後のチャンスになってきていますね。そういう体験をのちの世代につたえていく人が、ひとりでも多くいるといいなと思います。


のこり3つ!
(下)につづきます。。
執筆:Y
posted by 早大民青 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 市民活動、社会参加 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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